ギターすこすこ日記

ギターに関するアレコレ

ギターすこすこ音楽概論③【エレキ・ギターが主役に躍り出たインスト~サーフ・ロック】

 おいっす!おいす!オイスチャーミルク!久しぶりでゲスね。前回は【ロックンロール、爆誕】をお届けしました。覚えてる?

 

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 今回はギターが初めて音楽の主役に躍り出たと言っても過言ではない、ギター・インスト~サーフ・ロックをご紹介するぜ。

  きっかけはやはりチェット・アトキンスだろう。54年にカントリー・スタイルを取り入れたインスト音楽で人気を博す。そして、58年に”トゥワンギー・ギター”でお馴染み、デュアン・エディがサーフ・ロックの原型を作ると、翌59年にいよいよベンチャーズが登場。もう、関係者全員が発狂死するほどの空前絶後の大ヒットを放つことになるベンチャーズが1st作をリリース。ビーチ・ボーイズはまだもう少しあとだったりするのよねん。

 

ちなみに海を越えた紳士の国、イギリスではシャドウズが「フィーリン・ファイン」(59年)でデビュー。バート・ウィードンは「ギター・ブギー・シャッフル」(同年)が大ヒット。音楽を牽引する英・米は空前のインスト~サーフ・ロック・ブームだったのじゃよ。

 

さて、ここらで代表選手を見ていこう。

 

チェット・アトキンス

 

エルヴィス・プレスリーの代表作「ハートブレイク・ホテル」や「ハウンド・ドッグ」でリズム・ギターを弾いていたというグレッチが似合う男前。まあ、グレッチがクソすぎという理由で以降はギブソンをメインで使うようになるんだけどね。彼の演奏スタイルは”ギャロッピング・ギター”でお馴染み、マール・トラヴィスや、レス・ポール(人のほうね)などにバリバリに影響を受けたもの。最初は批判を受けたものの、サムピックとフィンガー・ピッキングを多用しつつ、開放弦を交えた独自のプレイングはやがてシグネチャー・リックとも呼べるスタイルを確立。夢のレス・ポールとの共作までこぎつけた偉人であろう。そう、中華屋の料理長は言っていたのだ。

 

デュアン・エディ

 

こちらもグレッチが似合う男前。6120ですね。一説によるとロックンロール・ギタリストの中で初めてシグネチャー・ギターを持ったのはヤツだと言われている。サーフ・ロックのプレイの特徴とも言える、低音弦によるリード・フレーズ=”トゥワンギー”を開発した偉人であることよ。このスタイルがベンチャーズに受け継がれて、市民権を得るのであった。そう、フレンチのコックは言っていたのだ。

 

ディック・デイル

 

テケテケの開発者。レフティ。偉大すぎるぅ。ストラトに”ビースト”なる愛称をつけて、ライブでよく使用していたんじゃ。タンザニア。ビーストはかなり改造が加えられたギターで、ピックアップを同時にオンできるトグルスイッチを増設、オリジナルの5連レバー・スイッチ、トーン・ポットを排除、そして、金ピカにリフィニッシュ。いやあ、エグい。そう、料亭の料理長は言っていたのだ。

 

ほかにもインスト・ロック~サーフ・ロックの野郎どもをご紹介しよう。

 

ザ・ベンチャーズ(テケテケ=トレモロ・グリスダウンの代名詞みたいになってますな。)

・ザ・サーファリーズ(「ワイプ・アウト」で有名。)

・ザ・チャレンジャーズ(意外と彼らの1st「サーフビート」がサーフ・ロックの中では一番売れたアルバムなんですわ。)

・ビリー・ストレンジ(ベンチャーズビーチ・ボーイズのギタリストとしても有名ですね。)

 

以上。夏が近づいたらひとりずつ取り上げたいものですな。

 

さて、次回はもうひとつの音楽大国=イギリスまで脚を伸ばしてみましょうかね。そう、イタリア料理屋のオーナーが言っていたのである。

 

 

ギターすこすこ音楽概論②【ロックンロール、爆誕。】

 さて、前回はロックンロール前夜でした。今回は【ロックンロール、爆誕。】をお届けしよう。

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 ロックンロールっていつから始まったの? ロックンロールの恋人は? ロックンロールの年収は? とお思いのアナタ。落ち着いてほしい。落ち着いて預金残高を確認後、私宛に振り込んでほしい。

 さて、ロックンロールという言葉はダンスやセックスなどのスラングとして用いられ、ラジオDJのアラン・フリードが定着させたものである。では始まりはどげな感じやったと? に応えるためには数人のロックンロール・スターを紹介すれば事足りるであろう。

 

ビル・ヘイリー

 戦後の若者を描いた映画「暴力教室」の主題歌として使われたのが、ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツの「ロック・アラウンド・ザ・クロック」である。もう、これは巣鴨の赤パンツ並みに売れに売れた楽曲だが、1954年にリリースされた当初は不評だったらしい。ふひょ~。

 これがここまでゴイスーになったのはひとえに映画のおかげだろう。鬼滅の刃とLiSA的なことなのだろうか。ともかく、ロックンロールは若者のカルチャーであることを印象付けるのにおおいに貢献したのだ。

 

チャック・ベリー

 泣く子も黙るひょうきんおじさんことチャック・ベリー。ロック史最初のギターヒーローと言って差し支えないだろう。その偉大さゆえに彼の故郷、ミズーリでは月火水木金土日チャック・ベリーという暦が採用され、住民の多くを悩ませているそうだ。また、ジョン・レノンはチャックについてこう語る。

 「私がやりました。」

 じゃない、

 「ロックンロールに別の名を与えるならチャック・ベリーだ。」

 と。

 今となってはひょうきんなイメージが定着しているが、学生時代に友人との強盗で逮捕、21歳で社会復帰を果たしたのち、エレキ・ギターの乳、Tボーン・ウォーカーのギター・スタイル&パフォーマンスやルイ・ジョーダン「エイント・ザット・ジャスト・ライク・ア・ウーマン」のリフも強奪。

 55年にはシカゴ・ブルースの乳、マディ・ウォーターズの紹介もあり、チェス・レコードから裏口デビュー。さらに、スーツの穴を隠蔽工作するために発明したダック・ウォークで人気を博した超極悪人である。

 

エルヴィス・プレスリー

 アメリカ史上最大のスターであると同時にドーナッツ狂いという発熱した子どもが見た悪夢を地で行くのがエルヴィスだ。彼の人生は当人にとっても悪夢の連続であっただろう。学生時代は内気なマザコンだといじめられ、2度の自主制作のレコードはまったく評判にならない。プロにはトラックの運転手をやっているほうが懸命だとなだめられる。気が狂わんばかりのエルヴィスだが、ある日、本当に参ってしまう。

 54年7月5日、バラード曲収録のため、スタジオに呼ばれたが、結果は芳しくない。しかし、当時のプロデューサーは彼の歌に興味を持ち、手当たり次第に歌わせた。エルヴィスがブルース曲「ザッツ・オール・ライト」をギターを片手に歌い始めた時に彼の人生の転機が訪れる。その場に居合わせた名ギタリスト、チョンマゲ☆肉ジューシーはこう語る。

 「O・NI・KU☆O・I・C!!」

 失礼。スコッティー・ムーアが

 「突然、気が狂ったように踊り始めたんだ。俺たちミュージシャンも狂ったように演奏し始めた。プロデューサーはなにをやっているんだと聞いた。俺たちはこう言った。俺たちにもよくわからないんだ。」

 その後、発狂したままスター街道を60km/h超過で爆走するエルヴィス。ピストン運動のようなダンスを武器に少年少女を興奮させしめ、良識ある大人にケチをつけられながらこの<白い黒人>はロックンロールの歴史に輝くその名を刻んだ。

 

バディ・ホリー

 発狂したエルヴィスとは対照的に、知性をたたえた外見やグッド・ミュージックを作り続けた彼についても忘れてはならないだろう。なので、ここに石碑を建てたいと思う。みなの税金で。ウイーン、ガコガコ、バリバリバリ。

 確かに彼のウイーン、音楽はエルヴィスのように派手さはガコガコ、なかったかもしれない。バリバリバリ。ただ、ロック・バンドのフォーマットをウイーン、作ったという点は強烈なガコガコ、功績であろう。バリバリバリ。それがツイン・ギターにベース、ドラムウイーン、という構成である。また、作曲を手掛け、ガコガコ、演奏し、バリバリバリ、プロデュースを行ったのも彼が最初であるウイーン。さらにガコガコ、歌をダブル・トラックにして重ねるバリバリバリ、オーケストラとの共演ウイーン、セミアコフルアコではなくソリッド・ギターであるフェンダー・ガコガコ、テレキャスターバリバリバリを使っていたのも特筆すべきだろう。石碑がようやく完成したようだ。

 

ボ・ディドレー&エディ・コクラン&リトル・リチャード

 ボは偉大である。鬼才である。ということはもはや現代感覚ではにわかに信じがたいかもしれない。しかし、以下を見てもらうとそれが理解できるのではないだろうか。

  ・<ジャングル・ビート>の発明

  ・変則チューニングによって指一本でコードを弾けるようにした

  ・ビザール・ギター狂い

  ・シールドがなぜか15mもあった

 

 エディ・コクランは「サマータイム」でロックンロールの詞世界にラブソング以外を持ちこんだ偉大なロックンローラー。ギターの腕前はもちろん、狩猟時の銃の腕前も相当なものだったそうな。

 リトル・リトルリチャードは本名がペニマンという時点でロック・レジェンドであるが、ゲイであり、急に宗教の道に入るなどもう7億点である。そして唯一無二なエネルギッシュなその歌声とパフォーマンスはこちらが気絶しそうなほどである。

 

ロックンロール・ブームの終焉

 さて、ここに名を挙げた人物や上がらなかった人物を想像してほしい。そして、その略歴をやんわりと思い浮かべてほしい。多くの犯罪、スキャンダル、事故死が思い出されるだろう。そう、過激すぎるエネルギーは自己をも燃やし尽くしてしまったのである。そうして、ロックンロール・ブームは徐々に終焉を迎える。

 そして、その代わりに新たなブームが到来する。エレキ天国ことギター・インスト&サーフ・ミュージックである。次回はこれらをご紹介したいと思っている。思っているだけなので、主婦のマル秘節約術やタックス・ヘイブンポケットモンスターのバグ技10選などをお届けしてしまうかもしれず、恐恐としている。

 そう、恐恐としているのである。

 

 

 

ギターすこすこ音楽概論①【ロックンロールができるまで。】

 ギターすこすこ日記を書くにあたってまずは、音楽の歴史をざっくりと追っていく必要がある。なぜならば、ギターの歴史は音楽の歴史でもあるからだ。あまり長々と書いていくつもりはないが、星の数ほど音楽があり、それを聴けちゃうというこのご時世。多少は多めに見ていただきたいものである。また、誰が入っていない!とかこのジャンルが抜けてる!なども多数あることだろうが、それはご愛敬ということで。いずれギタリスト別の記事で取り上げることになるだろう。

 

ロック前夜

 

 ロックンロールの誕生に大きく寄与した音楽ジャンルとして、

 

・ブルース

・カントリー

 

を上げることに異を唱える人間はそんなにいないだろう。あるいは「ジャズも入れなさいよ!」とウェス・モンゴメリー似のおじさんが説教してくるかもしれない。「ゴスペルはどうしたのよ!?」と腕にマヘリア・ジャクソンのタトゥーを入れたオカマが騒ぎ出すかもしれない。お二方、お引き取りください。

 さて、ロックンロールの成立にはいくつかのジャンルが関わっているわけだ。

ブルース

 ブルースはかつてアフリカ系アメリカ人差別意識はないが、できれば黒人で統一してよろしいか?)たちが演奏していた音楽ジャンルである。特徴は3コードであること、ブルーノートを使った音階、12小節進行であることなどを挙げておこう。

 ブルースはもともとアフリカ西海岸で国の歴史を伝承する「グリオ」がルーツではないかとの見方もある。あるいはアメリカ南部の労働歌やフィールド・ホラー、黒人霊歌などがルーツだとする向きもあるんだぜ。キスさせてくれないか、おい。

 ところでシアーズローバックという会社をご存知か? これは通販会社で、1894年にカタログにアコギが掲載されていたんだぜ。これがブルース=歌&ギターというスタイルに落ち着くことになった大きな要因でもあるんだぜ。俺のケツにキスをしてくれないか。

 「初めにレコーディングされたブルースって、なあに?」と思っているションベン臭いガキを洗脳するにはメイミー・スミスの「クレイジー・ブルース」と答えるのが良いだろう。それ以前にも「ブルース」の語を冠したレコードはあったが、白人によるものが多く、ルーツに根差した黒人のブルース楽曲は当曲が初めてなんだ、やさしくしてね。と言われている。これが黒人にバカ売れ、めでたくレースレコードができる。戦前ブルースはエレクトリック化を経て、モダン・ブルースにいたるの、で、あーる。そして、ブルースはさまざまな音楽ジャンルを取り込みながらデカくなっていった。「イグイグゥ」なの、で、あーる。

カントリー

 さて、お次はカントリーの部。神取忍。うくく。

 カントリーという呼称が定着したのはずいぶん後のこと。それまではアパラチアン・ミュージック、マウンテン・ミュージック、ヒルビリーなんて名前で呼ばれていたそうだ。実際にその場にいなかったので推測だが。だって、お前、1820年スコットランドとかイングランドにいた人がアメリカに入植とともに持ってきたんだから。伝承音楽やミンストレルショー、カントリーと呼ばれるに至る膨大なサブジャンルについてはwikiに場を譲りたい。羽生譲る。おほほ。

 「カントリーやんけ、この録音が最初の。」と思わず倒置法で言われるのはフィドリン・ジョー・カーソンの「小道の古い丸太小屋」らしい。プロデューサーはオーケーレコードのラルフ・ピア。ブルースのレコーディングの数々にも関与しているとみられる。大麻を8g所持していた疑い。

 そういえば、お前さ、ハワイアンからスティールを取り入れて、一番最初に電化してたのはスティール・ギターなんだよね。女は伏し目がちにそう言った。これがカントリーは当時貪欲に吸収するジャンルだったのかも。女は伏し目がちにそう言った。こういった前のめりの積極的な姿勢がカントリーとジャズの融合したウェスタン・スウィングに受け継がれていく。ウナギのタレのように。「キング・オブ・ウェスタン・スウィング」ことスペード・クーリーやロックンロール爆誕に寄与し、「ロカビリーの最初の録音ですやん、ロケット88が。」と思わず倒置法で言ってしまうビル・ヘイリーなどもその文脈として登場し、見事な蒲焼となる。

ジャズ

ja.wikipedia.org

 

 以上。

 

 

 だとさすがにグラント・グリーン似のオヤジに靴を隠されれる、ジャンゴ・ラインハルトの顔が印刷されたウエスト・ポーチをしているジジイに根性焼きをされるなどの懸念があるので、ざっと説明しよう。

 西洋音楽とアフリカ音楽がめちゃくちゃセックスしている間に、なにやら楽しそうだ、俺も混ぜてくれと言った具合でブルースやらラグタイムなんかも混ざってできちゃった子=ジャズだ。どこでそんな乱交が行われていたのかはわからないが、なんとなくニューオリンズで良くね? みたいなチャラ男のせいで発祥の地はニューオリンズということに相成った。

 1917年には金管楽器が買える金持ちであった白人バンド、オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンドがビクタートーキングマシンから出した、イエイっ、「ディキシー・ジャズ・バンド・ワン・ステップ」、「ライブリー・ステイブル・ブルース」、「津軽海峡冬景色」の3曲入りのレコードが最初の録音だと言われている。ジャズもサブ・ジャンルがエグいので、wikiに譲りたい。これはマジで。

 

 ここでざっくり話をまとめてみよう。

 

 白人にはカントリーやジャズがあったよね。そんで、ウェスタンスウィングになって、ロカビリーとかもできたよね。黒人にはブルースとジャズがあったよね。

 

 以上である。

 ここからは黒人サイドの話。ブルースとジャズはどうなっていくのであろうか。電化してリズム&ブルースになります。あとはジャンプ・ブルースになります。話が早いね。んじゃ、なんでそれがロックンロールにつながるんじゃということだが、初期のロックンロールはカントリーの2ビートから派生した8thノートビートとジャンプ・ブルースから派生したシャッフルがキモだよね。つーか、マジキモいんですけど。と言うことなんですよね。

 これがいろんな文化や音楽とさらにごちゃまぜになっていき、ロックンロールが誕生するわけです。文化ではヴォードヴィル、音楽はドゥワップやゴスペルなんかも参考にしてほしいところ。

 

 次回は【ロックンロール、爆誕】である。お楽しみに。